事件の経過
1997年10月26日0時現在

●2月10日
16:30
猫と遊んでいた小学6年生女児2人が何者かに背後から殴られる。

●3月16日
12:20
道を歩いていた小学3年生、4年生の女児が相次いで何者かに刺される。 小学4年生の女の子は病院へ収容後死亡。

●5月24日
13:30
小学6年生の少年が自宅を出る。
20:50
小学6年の少年の家族が須磨警察署に捜索願

●5月25日
10:00
警察が捜索開始。

●5月26日
10:00
警察が公開捜査。

●5月27日
06:40
友が丘中学校正門前で行方不明の小学6年生の少年の遺体頭部を発見
第1犯行声明が遺体に添えられていた。
08:00
須磨署内に捜査本部設置
10:00
捜査本部は、遺体頭部に添えられた犯行声明の差出人を「鬼薔薇」と発表。
15:00
通称「タンク山」で小学6年生の少年の胴体部分を発見。
19:00
捜査本部が解剖結果を発表。絞殺による窒息死
21:00
捜査本部は犯行声明差出人を「酒鬼薔薇」(サケ・オニ・バラ)と訂正。

●5月28日
04:00
友が丘中学校正門前で検問、周辺の聞き込み調査を開始
08:00
小学6年生の少年が通っていた小学校で集団登校開始。

●5月30日
09:00
橋本首相が閣議で事件解決を指示
13:30
小学6年生の少年の葬儀。遺族、同級生ら550人が参列

●6月4日
11:00
神戸新聞社に第2犯行声明が届く。

●6月5日
08:00
捜査本部が情報提供用に専用フリーダイヤルとFAXを設置。

●6月6日
00:00
神戸新聞社が第2犯行声明を公表。

●6月16日
自民党役員会で須磨猟奇殺人事件のテレビ報道が話題に上がる。
「ショーのようになっている」と批判が相次ぐ。

●6月28日
19:05
容疑者逮捕
14歳の男子中学生

●6月30日
午前中
インターネット上で酒鬼薔薇聖斗の本名が出回る。
午後
産経新聞がインターネット上で、このことを速報するが、インターネットユーザーなら簡単に本名を特定できる記事の書き方だったため、 掲載後すぐに記事は削除される。(記事は共同通信が配信したもの)

●7月2日
新潮社「FOCUS」が 酒鬼薔薇聖斗の顔写真を掲載。全国で販売自粛騒動

●7月3日
新潮社「週刊新潮」が酒鬼薔薇聖斗の顔写真を掲載。
神戸市教育委員会が友が丘中学を調査した結果 「(酒鬼薔薇聖斗に対する)体罰はなかった」

●7月11日
06:30
酒鬼薔薇聖斗を同行して実況見分。

●7月15日
09:37
酒鬼薔薇聖斗を3月の連続通り魔殺人事件で再逮捕。
逮捕容疑は殺人と殺人未遂。

●7月24日
13:30
2月、3月の連続通り魔殺人事件で酒鬼薔薇聖斗を同行して実況見分

●7月25日
15:10
酒鬼薔薇聖斗、神戸家庭裁判所に身柄を移す。これで一連の酒鬼薔薇聖斗事件の捜査は終了。酒鬼薔薇聖斗は更生への第一歩を踏み出した。

●8月4日
15:20
酒鬼薔薇聖斗の少年審判開始。精神鑑定が認められ10月2日まで鑑定留置(審判が一時停止)。

●10月2日
09:30
酒鬼薔薇聖斗の精神鑑定書が神戸家庭裁判所に提出される。
10:00
裁判官が少年鑑別所に出向き、酒鬼薔薇聖斗に対し、監護措置の延長(少年鑑別所留置の延長)を決定。事実上、少年審判が再開される。

●10月6日
13:30
第2回少年審判。

●10月9日
14:30
第3回少年審判。

●10月13日
13:30
第4回少年審判。

●10月15日
14:00
酒鬼薔薇聖斗弁護団、家裁に「医療少年院送致」の処分を要求する意見書を提出。

●10月17日
13:30
第5回少年審判。
医療少年院送致が決定。

●10月20日
14:00
酒鬼薔薇聖斗、東京都府中市の関東医療少年院へ身柄を移す。

●10月23日
酒鬼薔薇聖斗弁護団「処分要旨をマスコミへ発表したのは少年法違反」と神戸家庭裁判所に抗議書を提出。

酒鬼薔薇聖斗事件「点と線」