はじめに
大人「たまごっちをあげるから、おじさんと、どこか遊びに行こう」
子供「いやだ。お母さんやお父さんや先生に、知らない人について行っちゃだめって言われてるもん」
大人「おじさんは、怪しくないよ。ほら、この可愛い防犯ベルあげるからさぁ。」
子供「どうしようかなあ…」
これはとある港町の、とある新興住宅地で語られている、笑うに笑えない「小咄」である。
新興住宅地とはいえ、緑豊かなこの街。
こののどかな街に真っ赤な衝撃が走ったのは1997年5月下旬のことである。
だが、これ以上は詳しく書かない。
今、日本を震撼させている「ゲーム」が始まった日なのだから…。
ところで、事件を第三者である私たちが「ゲーム」と表現することは、あまりにも不謹慎だろう。しかし、事件の容疑者である「酒鬼薔薇聖斗」だけが、この「ゲーム」を楽しんでいるのだろうか。
今日、テレビや新聞、雑誌などを見る限り、被害者のご遺族のことも考えず、この街で「酒鬼薔薇聖斗」の恐怖におののく住民のことも考えず「報道人」をはじめ視聴者や読者も「酒鬼薔薇聖斗」と一緒に、この「ゲーム」の謎解きを楽しんでいるのではないだろうか。
それは、テレビのクイズ番組を茶の間で楽しむように…。
「ゲーム」を楽しんでいるあなたに、ぜひ、ご熟読いただきたい。
あなたの隣に、もしくはあなたの心の中に潜む、明日の「酒鬼薔薇聖斗」をのさばらせないためにも…
▼この企画は、世にのさばる悪質な報道とは一線を画し、この事件の裏側に潜む病理と近代的に整備された都市の死角を追究するルポルタージュです。少年の殺害方法、酒鬼薔薇聖斗の犯人像などの推理を楽しみたい輩は、ここをクリックしてください。
▼また、事件当事者の氏名については「酒鬼薔薇聖斗」以外の名前は一切用いません。それは、私たちが無惨に殺された少年とご遺族に対して、最低限の弔意を表す意味でも、このようにさせていただきました。
▼このページの引用、転載は一部、全部を問わず堅くお断りします。興味本位だけで、この事件を取り上げることは、私たちの真意ではないからです。どうしても、このページを、何らかの媒体で取り上げたい方は、事前に、電子メールで許諾を求めてください。
© Group"KAZAMIDORI" 1997
◆目次◆
第1章 山、海へ行く
第2章 タンク山
第3章 土曜日の昼下がり
第4章 「劇場犯罪」の作り方
第5章 弱い者いじめの構図
第6章 兵庫県警「恐怖の法則」
第7章 誤解だらけのゾディアック事件
第8章 公開されない理由
第9章 酒鬼薔薇聖斗逮捕後の友が丘地区
◆第1章 山、海へ行く
神戸市須磨区。
ニュースでは新興住宅地のイメージばかりが取り上げられているが、関西人にとっては、海水浴場、須磨水族園のある区として有名である。また、源平合戦で有名な一ノ谷もここにある。
須磨区は南北に細長く、区の南東部にある鷹取地区は「阪神・淡路大震災」で震度7を記録した激震地で、現在でも更地が目立つ。
今回、日本中を震撼させた事件があった街は、この鷹取地区よりも、北に位置し、ここ30年ほどの間に開けたニュータウンである。
現在、神戸港沖にあるポートアイランドは、この辺りにあった山を削り、その土で埋め立てて造られたのだ。
切り取られた山の跡地に、いわゆる「須磨ニュータウン」が造成された。
1977年、地下鉄が開通し、市街地への交通アクセスが整備されてから、ニュータウンの人口は爆発的に増えた。
なお、この地域は1995年の阪神・淡路大震災では、それほど大きな被害を受けていない。
◆第2章 タンク山
住宅密集地の真ん中に「竜の山」(タツノヤマ)という小高い山がある。
この山の東側は、ほとんどアスファルトに固められ、山と、その境目には大きな吸水タンク(神戸市水道局友が丘ポンプ場)がそびえ立っている。
そのタンクの高さは、現存する「竜の山」よりも目立つために、いつの頃からかニュータウンの人たちは「タンク山」と呼ぶようになった。
ここから、崖道のようなところを2、3分上っていくと、ケーブルテレビの中継アンテナ施設がある。
このケーブルテレビ施設は、この辺りが地上波の難視聴地域ということもあり、共聴アンテナの役割を兼ねていた。現在はBSやCS放送、ケーブルテレビの独自放送なども供給している。このアンテナで受けられた電波は、須磨ニュータウンばかりではなく、隣接する垂水区、西区の「西神ニュータウン」や、遠く中央区は、ポートアイランドの住宅団地にまで送られている。
これだけ、地域住民に密接な施設なのに、このケーブルテレビ施設を知っている人は、ほとんどいない。なぜなら、アンテナの先端は町中から見えるが、その場所に行くまで、タンクと違って、山道を利用しなければならなかったからだ。
しかもアンテナ施設の管理者でさえ1か月に1度しか入らないのだから、真昼でも、この小さな山の「山奥」に入る人は、いないと言っても良い。
強いて、あげれば、住民早朝などに散歩がてらに入る人か、どこからか、やってくるカップルが夜中にラブホテル代わりに利用するぐらいなのだ。
◆第3章 土曜日の昼下がり
「取材は固くお断りします」
タンク山の麓にあるマンションの一室に、このような貼り紙が張られている。近所の人によると、1日何人かの記者や宗教関係者が、ここを訪れるというが、家の人は、一切、取材に応じるどころか、親しい近所の人にも顔を見せず、家に閉じこもったままだという。
酒鬼薔薇聖斗に殺された…いや、私たちによって惨い扱いを受けている少年は、5月のある土曜日、この扉を開けて外へ出た。だが、彼は二度と、この扉を開けるどころか、ノブに触ることすらなかった。
昼の1時過ぎ。
目的地の祖父の家まで、数百メートルの道すがら、5月の太陽は彼を頭上からこうこうと照らす。
「よく、唄を歌いながら、歩いている姿をよく見かけたけどね」
彼を知る近所の人は、こう答える。
しかし、この日、彼が唄を口ずさんでいたのか、誰も知らない。
「朝、学校に行くときには、よく出会うんだけど…」
土曜日の昼とはいえ、この辺りの人たちは、外に出ることはあまりない。
買い物に出かけるには中途半端な時間であるし、この日は学校があるため、子供を連れて、どこかへ遊びに行く人たちも少ない。大人でさえ出歩く人が少ない時間帯ならば、子どもたちはどうだろうか。
少年がよく遊びに来ていたという北須磨公園には、阪神・淡路大震災の被災者が今も暮らしている仮設住宅が建っている。
仮設住宅に住むある人は「うるさいぐらい」子どもたちが遊んでいたと、口を酸っぱくして語る。
逆に子どもたちの立場で、この公園を見ると、どうだろう。
「仮設住宅が出来たぶん、自由に遊べる広さが少なくなったし、遊びの種類も減った」
事件があるまでは、子どもたちも、仮設住宅の人たちに気を遣いながら遊んでいた。
この公園は、捜査本部に寄せられた情報の中で、最後に少年が目撃された公園である。重要なポイントであるが、この公園が賑やかになるのは、少年が目撃された昼間よりもむしろ午前中だという。
近所のお年寄りたちがゲートボールを楽しんだり、乳幼児を連れたお母さんが散歩に立ち寄ったりする。
土曜日や日曜日に限って言うと、木々が多く植えられているため、近所のカップルや夫婦が、デートの待ち合わせなどに使うことが多いという。
また、この辺りの取材を進めていくうちに、公園で遊ぶ子供が、この地域では少数派であることがわかった。
この地域は半径500メートルの範囲に少年が通っていた多井畑小学校をはじめ、3月の通り魔事件で死亡した女の子が通っていた竜が台小学校、菅の台小学校、南落合小学校の4つの小学校がある。中学、高校を含めれば10校以上になる(私学の中高一環教育の学校も含む)。
このニュータウン全体の人口が須磨区の人口17万人の半数以上を占めていることを考えても、子供の数は、半端でないことが分かる。
子供が多いのに、公園で遊ぶ子供が、それほど多くない絶対的理由は、ほとんどの子どもたちは学校が終われば、塾に通っていたのだ。
事件があった直後、この地域にある某学習塾はマイクロバスを手配して、帰宅の時間に自宅前まで子供を送り届けるサービスを始めた。子供の命を守る意味では、当然の措置と思えるが、塾の経営者が、すぐに、このような行動がとれるからには、うがった見方をすれば、沢山の子どもたちが、この塾に通っていると思われる。
ところで、この事件以降、この地域にある小学校をはじめ、中学校や高校でも夕方5時以降の部活動は中止になった。皮肉なことに、子どもたちは早く帰宅しても、空いた時間を利用して塾に通っている。塾からの帰宅時間が夜の10時、11時になる子供が、未だにざらにいるのだから、一体、何のための学校なのだろうか。
酒鬼薔薇聖斗でなくとも、義務教育に不審を抱く。ここは、このような街なのだ。
◆逮捕後の追記◆ 殺害された少年は自宅付近で酒鬼薔薇聖斗に声をかけられて、タンク山に連れ込まれたことが供述によって判明した。したがって北須磨公園の目撃情報は事実誤認だった。
◆第4章 「劇場犯罪」の作り方
少年の家から祖父の家までの道のりは数百メートル。山道へ入るわけでもなく、かといって賑やかな駅前を通るわけでもない。
全国のニュータウンの、どこにでもある、住宅街の広い道路を、この少年は歩いていた。それも、夜中ではなく白昼堂々と、なのに、目撃証言は10件にも満たない。
テレビなどを見ていると、芸能レポーター崩れのあほなレポーターのコメントには、必ず、次のようなセリフが必ず使われる。
「事件の後、街を出歩く人たちが、ほとんどいなくなりました」
東京からやってきて、三宮や新神戸のホテルに泊まり、そこから数時間「現場」へ通勤しているだけのレポーターが、よくも、こんな無責任なコメントを言えるものである。
この言葉に踊らされている知的レベルの低い(酒鬼薔薇と)主婦たちがあまりにも哀れでならない。
事件があろうとなかろうと、昼下がり、住環境的に出歩く人は、もともと少ないのだ。
ついでに言わせてもらえれば、「公園で遊ぶ子どもたちもいなくなりました」というコメントも常套句のように用いられているが、これもでたらめである。
子供を持つ親に言わせると「子供を連れて、公園へ行くと、テレビ局の人がインタビューに来て、いろいろ話を聞きに来るんですよ。テレビに顔でも映されたら、今度はうちの子供が狙われるかも知れないでしょう。だから、公園へは遊びに行けないんですよ」とのことだ。
エログロナンセンスの大好きなワイドショーウオッチャーと酒鬼薔薇聖斗をがっかりさせたかも知れないが、マスコミが地域の不安を増幅させていることを、ワイドショーウォッチャーの皆さんは、ただでさえ少ない脳味噌の片隅に留めて置いてほしい。
ところで、今回の事件の解決を長引かせている最大の原因は、報道されているように、酒鬼薔薇聖斗の犯行計画によるものではない。
取材を進めていくうちに、前章のような、ニュータウン独特の人間環境にも原因があると思えてきたのだ。
つまり、酒鬼薔薇聖斗は、この街の人の行動を凶悪犯罪に利用したのである。語弊のある言い方であるが、須磨ニュータウンの人たちをも共犯に仕立てようとたくらんでいるのかも知れない。
そこで気になるのが酒鬼薔薇聖斗が神戸新聞社へ送った犯行声明で「義務教育」をなじったくだり。
大学教授といった蒼々たる肩書きを持った人たちが、犯行声明文を、さまざまな媒体から継ぎ接ぎした文章のため「パッチワーク」と例えているが、果たしてそんなに単純なことだろうか。
そして、この文を読んでいるあなたに、頭を冷やしてもらいたい。
もし、それがパッチワークの脅迫状だと判ったところで、それが直接、事件解決につながることなのだろうか。
賢明なあなたなら、理解できるだろう。酒鬼薔薇の嗜好がわかるかも知れないが、この事件の根本的な解決にならない。
特に「義務教育」云々のくだりは、5月下旬に神戸新聞の投書欄から引用しているという推理がマスコミ界での統一した見解になっている。
ただ、継ぎ接ぎで引用しても、何か意味を持たないと、パッチワークであっても、創作であっても犯行声明の意味がない。
遺体の放置場所、遺体に添えられた第1の犯行声明からでも、酒鬼薔薇は、少なくとも学校に対して何らかの意思表示をしていたと思える。ただし、この意見も、前述のあほな大学教授たちの推理と同じレベルになり、筆者としては心外なのだが…。
(犯行声明の真意は、いずれにせよ酒鬼薔薇が逮捕され、その後の捜査や裁判にならない限り、その答えは出てこない)
◆第5章 弱い者いじめの構図
一部の週刊誌では、不必要に強調されているが、この少年が知的障害者であったことは、事実である。すでに、この件は、5月26日の公開捜査の時点で報道発表がなされている。
しかし、一部週刊誌のように、死者に鞭を打つようなことは、ここでは書かない。そのことに、まったく意味がない。
また、この地域には障害者などの養護施設や学校などが点在し、住民にとっては、おそらく平均的な日本人以上に障害者は身近で自然な存在だっただろう。
事実、この少年は持ち前の明るい性格からも、近所の人たちや子どもたちにも好かれていた。
「朝、出会ったときは、いつも元気いっぱい挨拶をしてくれた」
むしろ、この少年は、一般人よりも常識を心得ていたと言ってもいい。少なくとも、今、友が丘地区に蠢くマスコミたちよりも常識人と断言できる。
しかし、この少年を知る人によると、初対面の人に対しては、激しく人見知りをしていたという。
そんな彼が、どういう経緯で酒鬼薔薇聖斗と出会ったのか…今もって謎である。
酒鬼薔薇聖斗は彼が知的障害者であることを知って、彼に近づいたということも考えられる。
これは神戸での話ではないが、とある福祉施設の職員が、施設にいた知的障害者に対して性的暴力を振るったという話が現実にあるし、奈良県では生命保険の外交員が、ノルマ達成のためだけに知的障害者に近づき、この人の月収以上に生命保険をかけさせ、現在裁判沙汰になっている事件もある。
この事件も、その延長線にあるといえないだろうか。ある者は性的欲求を満たすために、そしてある者は自分の仕事上のノルマをあげるために、そして酒鬼薔薇は人を殺したいという欲望を達成するために、知的障害者を犠牲にした…。
とりわけ、奈良の生命保険の一件は生命保険会社も、この悪質な勧誘を容認していたというから、日本にはまだまだ、障害者を蔑視する社会が公然とはびこっているのである。
もし、酒鬼薔薇聖斗が捕まり、この少年を殺人の標的にした理由が、前述のようなことであるとすれば、これは、酒鬼薔薇聖斗一人の問題ではなく、障害者を蔑視するような社会を構成してしまった私たちも罪に問われなければならないだろう。
その悪しき社会の一端が、今回、酒鬼薔薇聖斗ではなく兵庫県警側にもあった。
だが、今、警察批判をする段階ではないし、むしろ、私たちが警察を応援しなければならない立場であるが、事実なので次の章で記しておきたい。
ただし、筆者は警察に何の恨みもないことを前もって記しておくし、反論があれば、関係者は遠慮なくご意見をお寄せいただきたい。
◆第6章 兵庫県警「恐怖の法則」
兵庫県警は「大事件に弱い」レッテルを貼られているのは隠せない事実である。
たとえば…
「グリコ森永事件」
「朝日新聞阪神支局襲撃事件」
「太陽神戸銀行月見山支店3億円強奪事件」
「福徳銀行神戸支店5億円強奪事件」…
兵庫県警の管轄で起こった大事件の犯人が全く検挙されていないのだ。4件のうち2件は「広域指定事件」なので一概に兵庫県警だけの責任とは言えないが「太陽神戸銀行月見山支店事件」は、今回捜査本部が置かれている須磨警察署管内で発生している。
もちろん、今回の事件で関連性が指摘されている須磨の通り魔殺人事件も犯人は捕まっていない。
今回、犯人が残したメッセージの中には警察に対する挑戦的なコメントが書かれているが、それを読めば読むほど「酒鬼薔薇」は、そこのところも、よく熟知しているのではないかと思えてくる。
また、今回の事件について、こんな声も聴かれた。
兵庫県警の内部事情に詳しい人によると「犠牲者となった少年は知的障害者ということもあり、県警内部には、もともと知的障害者を蔑視、排除する風潮があって、本気で捜査していないのではないか」という。
放浪癖のある痴呆性の老人や知的障害者の行方不明に関して、兵庫県警内部には真剣に捜査しなくてもよいという不文律があるとも言うのだ。
「この少年が行方不明になったのは5月24日、公開捜査に踏み切ったのは5月26日の午前、しかも、その翌朝に中学校校門前で惨殺体となって、この少年が発見された時系列を考えると、今回の事件も須磨警察署が県警の不文律にとらわれず、早くから真剣に行方不明捜査に取り組んでいれば、事件は早期に解決していたどころか、殺人を未然に防げたかも知れない」
事実、事件発覚後の6月2日、この少年の家の隣の建物で、ぼや騒ぎがあった。消防では不審火として調べている。
テレビのニュースで「厳戒態勢」「戒厳令下」と例えられるぐらい、警察はパトロールを強化しているはずなのに、事件現場でこのような不審火が起こっているのは、警察が真剣に捜査していない証拠とも思える。
それと、もう一つ、殺された少年の足取りが注目されているにも関わらず、なぜ、捜索願が出された時点で警察は警察犬(あるいは災害救助犬)を投入しなかったのだろうか。
この事件より前に発生した奈良県の女子中学生行方不明事件では、災害救助犬による捜査が進められ、かなりの手がかりを発見している。
なお、少年が行方不明後の時系列をたどると、このようになる。
5月24日20時30分頃:少年の家族から捜索願が出される。
25日10時:警察犬による周辺捜索が始まる。ただし、警察犬による捜索はわずか2時間。
同時に、警察官と自治会による捜索も始まる。こちらは終日。
26日10時:兵庫県警は少年の行方不明事件を公開捜査として、報道発表。
今回の事件では、発生(ここでいう「事件発生」とは少年が行方不明になった日のことである)から、警察犬が、投入されたのは、捜索願が出されてから14時間後のことだった。
捜索願が出されたのが夜とはいえ、こういうときこそ、警察犬による探索が有効ではなかっただろうか。
また、実際の警察犬の探索でも、少年の胴体部分が発見された竜の山のケーブルテレビ施設の前で、警察犬がなんらかの反応を示したにも関わらず、捜査員の判断で、この施設の捜索は行われなかったというではないか。(捜索に参加していた自治会関係者の話)
もし警察犬を信じて付近を綿密に調べれば「少年が殺された現場」や足取りがもっと、早い時点で判ったかも知れない。
が、今となっては、それもできない。事件発覚後、梅雨の季節に入ったため、匂いも洗い流されているだろう。
何度も強調するが、今は警察批判をする段階ではない。私たちの安全を守る上でも、警察の威信に懸けて一刻も早い酒鬼薔薇聖斗の逮捕を期待したい。
◆逮捕後の追記◆酒鬼薔薇聖斗は、このルポルタージュを発表した翌日午後に逮捕された。兵庫県警ならびに応援に入られた各府県警の捜査官、警察官に対して心より敬意を表します。
今後、私たちが望むことは「日本の犯罪史上最も残虐」と形容される今回の事件が、14歳の中学生によって引き起こされたという事実をふまえ、容疑者の少年に対して慎重に取り調べて頂きますよう、お願いいたします。
そして、今後の事件再発を防ぐために、行きすぎた推理の氾濫を防ぐためにも必要最小限度の取り調べ情報を公開していただきますよう、お願いいたします。
◆第7章 誤解だらけのゾディアック事件
一連の事件はアメリカの「ゾディアック事件」に似ていると言われる。
ワイドショーウオッチャーなら、すでに、この事件をご存じかと思うが、日本では、今回の猟奇事件と共通する部分ばかりを強調し、正確なゾディアック事件の全体像が伝えられていないので、ここで簡潔に「ゾディアック事件」と「酒鬼薔薇事件」の相違点を指摘しておきたい。
そもそも「ゾディアック(Zodiac)」とは星占いの12星座を意味する単語で、犯罪関係の翻訳書を見ると「黄道宮事件」などと訳されていることもある。犯人は、この「ゾディアック」というペンネームを名乗っていたのだ。
今回の事件で言う「酒鬼薔薇聖斗」と思っていただければよく、その単語自体に深い意味はない。
ところで、酒鬼薔薇とゾディアックが決定的に違うところは、犯人「ゾディアック」は犯行声明でスクールバスの子供を狙うと予告したものの、子供には全く手をかけていない点。ゾディアックの犠牲になったのは大人や高校生ばかりなのだ。
また、酒鬼薔薇の愛読書ではないかといわれる『未解決殺人事件』(1995年・同朋舎出版刊)が注目されているが、この事件を取り扱った本は、ほかにもあることも指摘しておく。ここで取り上げないが、大きな書店の犯罪関係のコーナーに行けば、数冊は見つけられるはずである。
ただ、一部報道のように酒鬼薔薇がインターネットを利用していたとすれば、本などを買わずにインターネットでこの事件の情報を知ることも可能である。
アメリカには、ゾディアック事件を専門に取り扱ったホームページがいくつか存在している。詳しくは事件関連リンク集を参考にしてもらいたい。
(なお、このページで取り上げるゾディアック事件の資料、解説は、すべて、これらのホームページを参考にしたものである)
日本の一部報道では「ゾディアック」を名乗る犯人が37人の人を殺したと伝えられているが、37人とはゾディアックが挑戦状で殺人を予告した人数で、実際は6人が犠牲になっている。(ただし、この数字もゾディアックが犯行声明で表明した人数なので、正確な数字とは言えない)
また、
「SHOOLL KILLER」
は、「SCHOOL」の間違いで、ゾディアック事件の犯行声明に出てくる「スクルバス」の記述を真似ていると新聞やテレビで、堂々と指摘したアホなコメンテーターがいた。
彼は原文を読まずに『未解決殺人事件』の訳をそのまま取り違えている。それを、また某全国紙が掲載していたのだ。その新聞社は、未だに、それを訂正していない。いかに、マスコミがいい加減な報道を垂れ流しているのかを、自ら証明していたものである。
原文の「School Buss」という誤記を『未解決殺人事件』は、誤記を強調する意味でわざと「スクルバス」と訳している。(『未解決殺人事件』71頁。訳文の「スクルバス」には傍点がつく)
原文を校正するならば、正確には「School Buses」となる。だから、酒鬼薔薇事件の「SHOOLL」の表記(現段階では誤記とは決めつけられない)とは何の関係もないのだ。
あえて、どこの全国紙の編集者と、誰とは言わないがアホなコメンテーターに言っておくが、ちゃんと原文を見た上で指摘してほしい。『未解決殺人事件』に、問題箇所の直筆原文が載っていないので、ここで、その部分を載せておく。デマを垂れ流さないためにも、今後の教訓のためにも、よく目に焼き付けておくように!!
- ※問題になっているゾディアックの挑戦状直筆全文を、ご覧になりたい方は、ここをクリックしてください。クリックすると新しいウインドウが開かれます。見終わった後は、そのウインドウを閉じれば、このページに戻ってくることが出来ます。
◆第8章 直筆の犯行声明が公開されない理由
ところで酒鬼薔薇事件とゾディアック事件に直接の関係がないのかというと、そうでもない。
ゾディアックは地元の警察にも挑戦状を送りつけていたが、もっぱら地元新聞社へ挑戦状を郵送した。酒鬼薔薇は今のところ警察には犯行声明を送っていない(と思われる)が、地元新聞社には送っている。
また、既に報道されているとおり酒鬼薔薇聖斗は独特のマークを用いて「自分」を表している。ゾディアックも○に十字マークを自分のシンボルとして利用していた。
ゾディアックは、ほかにも「マーク」を用いている。初期の挑戦状では文章を暗号化していた。時どき、酒鬼薔薇が引用したと指摘されている「愚鈍な警察諸君」に似た部分が、このような暗号で書かれていた。詳しく知りたい方は事件リンク集から関連ページをご覧いただきたい。
ところで「グリコ森永事件」「宮崎勤事件」など、犯人が送りつけた犯行声明が直筆(グリコ森永事件はタイプ打ちの原紙)で、しかもリアルタイムに公開されたが、今回は全く公開されていない。
神戸新聞社に送りつけられた犯行声明ですら、神戸新聞社が、わざわざワープロに打ち直して公表している。
文章はおろか、文字の特徴、誤字、脱字、癖字(と思われる部分)、使用した用紙まで公にされているのに、直筆のものが公表されていないことは、どこかおかしいとは思わないだろうか。
過去の日本の犯罪史を紐解いても、この情報公開方法は異質である。
それがために、捜査本部の周辺を取材しているマスコミ関係者の間では、妙な噂が立っている。私たちが察知したところでは、次のような「噂」である。
あくまでも「噂」。
(1)遺体に添えられていた犯行声明に知的障害者を罵る蔑称が含まれている一文がある。公開してもいいのだが、障害者差別を助長しかねないので、直筆文は公開されない。逮捕後の公判でも明らかにされないだろう。
…もし、この「噂」が本当であるなら、酒鬼薔薇と少年との関係を知る上で重要なキーワードになる。だが事実だとしても、今の日本人の道徳観と障害者に対する認識の低さを考えれば、永久に公開されないだろう。
(2)現在公表されている風車のようなマーク以外にも、暗号めいた記号が書かれている。捜査本部が数ある便乗犯から酒鬼薔薇を識別するために、その暗号を非公開にし「勘合符」として使っている。
…酒鬼薔薇がゾディアック事件を真似ているとすれば、信憑性は高いが、確認が取れていない。
ちなみに風車のようなマークは、神戸新聞社宛のものの本文中に5か所ないしは6か所書かれているらしい。
この章の最後に、公開されている一文の中に、
「ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである」
と酒鬼薔薇は宣言しているが、所詮犯罪者の意見である。用心に越したことはないが、この言葉を真に受けて異常に警戒するのも、酒鬼薔薇を喜ばせるだけである。
◆逮捕後の追記◆マスコミで公開されている「遺体に添えられた直筆犯行声明」は神戸新聞社に送りつけられたもので、直筆ではあるが実物ではない。容疑者が模写したもので、これを取り上げて、あたかも「遺体に添えられた犯行声明」のように取り扱うのは間違いである。
したがって(1)については、その真偽は現段階で不明。(2)は神戸新聞社宛のものについては「噂」であることが証明された。また捜査本部と酒鬼薔薇聖斗の「勘合符」は記号ではなく、誰が見てもわかる、稚拙な文字だった。
◆第9章 酒鬼薔薇聖斗逮捕後の友が丘地区
酒鬼薔薇聖斗が「容疑者」でなくなった。法的に「犯人」になったのである。しかし、彼は少年法により2〜3年後には社会復帰する。
7月26日現在、須磨区友が丘の酒鬼薔薇聖斗家には誰も住んでいない。「教育熱心だった」という両親も弟たちもいない。
通り魔事件で亡くなられた女児のご両親は弁護士を通じて酒鬼薔薇聖斗の両親に謝罪を求めるコメントを発表したが、未だに酒鬼薔薇聖斗の両親は謝罪していない。
もし、酒鬼薔薇聖斗の親族が開き直って謝罪をしていないとすれば、本当に近所の人が漏らすように酒鬼薔薇聖斗の家庭は「しつけの厳しい家庭」だったのだろうか。近所の人が、この行為を「しつけ」だと考えているとすれば、近所の人たちの「しつけ」観を疑う。
ただ、酒鬼薔薇聖斗の親の意見もあると思うので、一方的なことは書けない。
もしかすると謝罪したくても、近所の目が恐くて、謝罪に行けないのかもしれない。
あの地域特有の閉鎖性を考えると、あながち酒鬼薔薇聖斗の家族の気持ちもわかるような気がする。
※特有の閉鎖性=「風見鶏」の取材で、わかったことだが、小学生時代から酒鬼薔薇聖斗が猫など小動物を殺していたことは友が丘地区では有名だったにも関わらず、近所の人たちは、誰ひとり、彼の、その行為を止めなかったし、親や先生にも報告していなかった。つまり「他人がどうであろうと、自分たちさえ、安心して生活していればいい」という考えの持ち主が多く住んでいる街なのである。
皮肉なことに、今回。このような閉鎖性の街の大勢に従わなかった人が、彼の動物虐待の事実を警察に通報したことによって、彼は逮捕された。
つまり、地域の人たちが見て見ぬ振りをしていたところに、今回の事件の原因のひとつがあると思えるのである。
「友が丘中学の○君は以前から、アブない子供だった」・・・というコメントが彼の逮捕後になって続出するのは、住民が自ら街の閉鎖性を証明したようなものである。
もちろん、このような特性は友が丘地区だけの問題ではないだろう。おそらく全国に点在する「ニュータウン」と呼ばれる地域には、当たり前のように存在していると思われる。そして、その環境の中から明日の酒鬼薔薇聖斗が次の獲物を狙っているのかもしれない。
ところで、あの街の人たちは、酒鬼薔薇聖斗が通っていた中学校の保護者でなくても酒鬼薔薇聖斗の本名はおろか、家がどこにあって、どんな人が住んでいる知っている。おそらく神戸市の人口の7〜8パーセント程度の人は知っているだろう。
一部では「回覧板で酒鬼薔薇聖斗の住所、写真、家族の氏名が回された」という噂が流れているが、それは全くのデマである。自治会によっては回覧板自体ないところもあるのだ。
しかし、雑談などで、酒鬼薔薇聖斗のプライバシーが語り継がれているのは事実である。
だが、それよりも即効的に彼のプライバシーを須磨ニュータウンで暴いた者がいた。
それは「マスコミ」である。
酒鬼薔薇聖斗が逮捕された日から翌日にかけての深夜、新聞、テレビ・・ありとあらゆるメディアが、友が丘中学の校区の住民を絨毯爆撃のごとく取材していった。
「○君のことでお話を伺いたいのですが・・・」
しかも彼の本名を出してである。犯人の自宅近所の人でも、酒鬼薔薇聖斗の本名がわからなかった時点での、この取材である。
近所と言うこともあり、いずれ名前は、コミュニティーの中で知られてしまうだろうが、その前段階での取材攻勢。
ある住民は「名前を知らないまま、(酒鬼薔薇聖斗が)街に戻ってくると、また見えない敵に怯えて暮らさなければならない。だから早く本名を知りたかった。記者には感謝している」とも言う。
この意見はごもっともである。同じ地域で、少なくとも5か月は、透明な存在だった酒鬼薔薇聖斗と暮らしていたのだから、その恐怖心は部外者には計り知れないものがあるだろう。
このようにマスコミに好意的な人もいる中で、深夜零時、1時、2時といった時間帯に中学生を公園に呼びだして取材したレポーターに対して怒っている保護者の方もいた。
「テレビで、犯人が少年で、非行がどうのこうの言っているマスコミが、深夜に子供を外へ連れだして取材しようとしているのだから、彼らは誰のために取材しているのか、わからない」
酒鬼薔薇聖斗が逮捕された翌日は日曜日だったが、中学生を持つ親にしてみれば迷惑な話である。
しかし加熱するマスコミの取材攻勢は、これだけにとどまらなかった。
月曜日、学校が始まると、集団登下校から別れた生徒を、タレントのスカウトみたいに追いかけ回す新聞記者がいたという。
ある女子生徒は「まるでストーカー。喋りたくないのに、しつこくついてくる」と漏らす。
案外、酒鬼薔薇聖斗と「報道人」は紙一重だったのかも知れない。
その一方で、友が丘中学の生徒の間では、今、マスコミの取材回数が多さがステータスシンボルとなっている。それは、まるでプリクラのシールの交換枚数の多い少ないを論じるような感覚で…である。
メディアに踊らされた街は、今日も、こうして日が暮れようとしている。
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